草むらの、 『 マイナス嗜好? 』 短編集

過ぎたるも、及ぶかどうかは人次第。喜怒哀楽の書き捨て雑記。

墓参りの情慕

 かつてテレビで...占い師H木氏が言っていた。墓参りの際、先祖に願いごとをするものではない云々...と。

 だかしかし...時に人生におけるイレギュラーなシーンに遭遇することもある。まさに...『 困った時のナントカ頼み 』。

 今朝、( といっても夜明け前の3時~4時頃 )眠れずに考える。ふと思い立ち、義母の墓参りに行くことを決める。

 私は別に信心深いほうでもなく宗教団体とか信仰とかにはまったく興味はない。ただ...なにか心を洗いたい時がたまにあるのだ。

 カレンダーの暦を見ると先勝とある。とりあえず午前中が吉とみなし、花も線香も持たずに...義母の眠る寺に向かう。

 天気はくもりで強めの風が吹いていた。本堂・六地蔵尊・無縁仏に手を掌わせ、義母の墓石の前えと向かう。

 形だけではあるが、石塔の掃除をし、生菓子2個を供えてただ、ひたすら手を合わせる。

 不思議なことに...一瞬晴れ間が覗いた。考えすぎかもしれないが、晴れ女だったと言う義母のことを思い出す。

 平成5年に亡くなられているので、私は義母のことを写真でしか知らない。しかし...あの家での『女』としての苦労や辛さはやっぱり同じ女性でしかわからないだろうなあ...とも思う。

 よく、わからないけども少しだけ気持ちが浄化されたようだ。

 家に帰り早目の入浴をしていると...雨がパラパラ降り始めてきた。偶然ではあるが、やはり午前中に行くべきことに意義があったように思えてくる。

 私自身の意思であったか、義母が呼び寄せたのかはわからない。

 そして...ある恩師に電話をしてみた。人生でつまずいた時に頼る人物。中尾彰のようななかなか渋い声の先生である。話をするだけで何か心のつかえが取れたようにスッキリするから不思議である。

 これから先何がどうなるかわからない。ただ、この世の中不思議なことは実際にある。

 おそらく...長編小説が1冊は書けるくらい、奇な事実。頼れるものの存在は、本当にありがたく...また、人に甘えることを思い出させてくれる。

 それが自然の中自然に起こるしくみということを知っているのか知らないのかの違い。ありがたい恵みに感謝。

笠地蔵の懺悔、犬も喰わねど噛みつきもせず。

 事実は小説より奇なり。

 このところ旦那が無言で私のテーブルに食べ物を置いてゆく。まるで笠地蔵のごとく...。

 ヤツに首を絞められた。

 犯罪を扱うミステリー小説などには、死の窮地に立たされた時、必死で相手の腕に爪を食いこませたり指を思いっきり噛んだりして抵抗する描写がある。

 しかし、現実はそんな余裕すらなく...ただ、タダ苦しいのみでいつ息ができなくなり脳に酸素が回らなくなるか不安に耐えながら早く手を離せと必死に相手の腕をつかみなんとか呼吸できる余裕はないものかと無駄な抵抗をするのがやっとの世界である。

 くだらない夫婦喧嘩なのでコトの発端はあえて書かない。短気な夫とそれに勝るとも劣らない妻との争いのすえ生じた出来事である。

 こうしてキーボードを叩いているからには今死を逃れていることになる。あれからはや1週間。寝所はもちろん別で私が追い出した。

 幸いにも2世帯住宅のような構造になっているこの家は2階に玄関がありトイレ・洗面所等がある。ヤツら家族が皆仕事で出払った隙に食糧を作り置きし、2階の冷蔵庫に1週間~10日くらい生き延びられるよう確保。

 風呂は近所の銭湯通い。極力顔を合わさないよう努めている。

 火がついたままのストーブ・お湯が沸いたやかんをそのまま窓ガラスに向けてぶん投げるヤツである。

 こうなりゃ無言の抵抗であり、ヘタに口を利かぬほうがヤツに灸をすえることになろう。

 3日前は「首なんか絞めてごまんなさい」と生気のないコケた表情で私の好物サーティワンのアイス“ニューヨークチーズケーキ”シングルカップを手渡す。

 2日前は私の入浴中にマックカフェのカフェモカとキャラメルが袋に入ったものが置いてあった。

 昨日は近所のパン屋で見かけた、動物のカタチをしたパン。

 一日1,000円のわずかな小遣いから買ってくるのは認めようぞ。

 義父が内線電話で時折ヤツの様子を伝えてくる。しかしなあ、もう少しさびしい思いをさせておく必要があるのだ。

 首を絞められたその日、数時間後に首を絞め返しに2度行ってやったが、私は本気で締めることなるなどできない。ただ、あの苦しいをさせねば私と同じ世に生をなすことなど許せぬのだ。
 
 それにしても、ライブドアブログ...管理画面扱いにくい。

仕切る人 / 人のココロ人知らず / 集団嫌い

 A氏が楽しいと思うことは、Z氏にはつまらないことと思う。B氏もC氏も...D氏もE氏も楽しいと思う中、Z氏にはつまらないことと思う。

 昔から、子供がキャッキャと騒ぐのを見て 「うるさいわね~」 と思いながら、1人離れて静かな砂場で遊ぶような子供であったのも事実。

 仕切る人は苦手。

 良い意味では、まとめ上手・盛り上げ上手。
 悪い意味では、出たがり屋・ウザい人。

 ここで言うのは、職場のチーフとかリーダーとか、主任とか長のつく人が仕事上、仕切る役目という意味ではない。

 例えば...幹事がいるにもかかわらず、呑み食いくらい自由にさせてくれよと思うほどの。(イベントがあると必ずゲームとか始めさせるとか)

 例えば...焼き肉屋で肉が焼けたら(焼き加減とか、食べられない肉とかあるのにおかまいナシに)皆の皿に適当に分け盛り付けまくるとか。

 まあそれは、私がヤンヤヤンヤのどんちゃん騒ぎが苦手で人のペースに合わせられないというのも原因の1つで、馴染めない人物像の対象に彼らが入る。彼らにとっては私が児馴染めない対象となっているのに違いない。

 小学生の頃...夏休みに “こどもおぢばがえり” に参加するクラスメイトの女子が半数以上いる中、どんなに誘われても断固拒否し続けたような私である。

 そうした上で、自分に合う人物を探すことは難しいかもしれない。単独行動は相変わらずだが...少なくとも、あのド田舎でもPCでネットができるようになった時分からは共感できる仲間というものを見つけることはできた。

 ダンナもその1人で、私をアングラ世界から掘り出し当てた奇特な人物である。とは言え、何もかもが共感できるというワケではない。

 テレビや音楽でも関心のないものは互いに触れない。これはある意味、自由というものを共有でき、適当に1人になれる有難い存在でもある。

 職場という集団組織の中においても、それほどチームワークを必要としないコンピューターでひたすら情報処理をおこなう今の仕事も...人に単調でつまらないと思われがちだが私には向いているのだ。

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草むら

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